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本山簡易裁判所 昭和49年(ハ)5号 判決 1977年11月02日

原告 服部斎信

被告 西村藤則

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求の趣旨

「被告は原告に対し、別紙図面表示の(イ)点と(ロ)点とを結ぶ直線、(ハ)点と(ニ)点とを結ぶ直線、及び、右二線間の幅七〇センチメートルの谷川沿いに、南岸(イ)点より(ニ)点に至り、北岸(ロ)点より(ハ)点に至る区間の土地に設置された溝、セキドメ、タメマスを収去し、右土地の明渡しをせよ。」との判決を求める。

第二、請求原因の要旨

(主位的請求)

原告は、長岡郡本山町本山字北法玄一六四一番山林五一九〇平方メートルを所有するものであるところ、被告は、右土地内の請求趣旨記載部分に溝を堀りセキドメ、タメマスを設置してこれを占拠し、図示大岩のもとの水源より水を落として、右タメマスから管で約二〇〇メートル離れた自宅の庭池に引水している。

(予備的請求)

仮に、被告抗弁のように、被告先代西村國吾と本件山林の元所有者との間に係争地部分を使用し右大岩のもとの水源より引水する契約が成立しているとしても、右契約には引水の条件として土地に損害を与えないことの約定がある。ところで、本件山林には原告が植林をしているのであるが、被告が引水のため工作物を設け出入りするため踏分道ができており、また、被告の引水のため水源地並びに踏分道付近の植林の発育が著しく遅れ、特に水源地付近の植林は枯死しかけている。また、人の出入りに伴う火災発生の危険性、工作物設置に伴う土地の荒廃・崩壊の虞れもある。被告は本件引水を自宅の池の水に利用しているが、本山地区では水道も完備しており、干水の虞れは全くなく、水道の料金も些細なもので、本件引水に伴う原告の被害とは比較にならない。以上の事態は前記契約に違背するのみならず、権利を濫用するものであるから、土地に損害を与えないとの契約の履行として、ないし権利濫用の法理に基づく本件工作物の収去を求める。

第三、抗弁の要旨

一、本件土地所在の本山町においては、古くより慣行として、自家用飲料水採取のため、湧水地・谷等に、その付近の土地と水とを排他的に支配する権利(水利権)が認められており、被告は本件土地及び湧水に対し右の慣行としての水利権を有する。すなわち、被告先代亡西村國吾は、大正一四年一二月竹田鹿之助から被告の現取水口の水利権の半分を買受け、更に、残余の水利権について昭和三年九月一〇日、当時の本件土地所有者松村亀行から別紙図示大岩の上流に一〇間下流に二〇間幅一間の、本件係争地を含む範囲の地域を水源としてこれより自家に引水する権利を代金一〇円で買受け取得し、以来図示大岩の下流に堰を設置し樋を通して引水してきたものであるところ、國吾は昭和七年三月二九日死亡し、被告は家督相続により右水利権を承継取得した。

二、また、被告は、右相続後引続き自己の権利の行使として、係争地域に設けられた引水施設により、平穏・公然に自家用水を引水してきたものであつて、被告は引水開始の当初から本件水利権を先代國吾より相続承継したものと信じていたものであり、そう信じるにつき無過失であるから、その後一〇年を経過した昭和一七年三月三〇日をもつて取得時効が完成し、これにより本件係争地域から取水する水利権を取得した。

第四、判断

(主位的請求)

請求原因事実は争いがない。

ところで、本件係争地を含む谷川(東谷。宮の谷とも末の谷とも呼ばれる。)については、古くよりその谷水を地域住民が飲料水等家用のため引水使用することが慣行され、新たに取水口を設ける際は既設取水口の下流であることを要するとする既設優先の原則ともいうべきものが行われ、また、取水口を有する者の地位は“水利権”と呼ばれ、地盤所有権とは別個の財産権として売買の対象とされる等、右谷筋についての水利秩序が、少なくとも大正末年ごろには既に地域の社会的承認のもとに成立していたこと、被告先代西村國吾が被告主張のように、先ず大正十四年に竹田鹿之助より同人の水利権の分譲を受け、更に昭和三年九月一〇日松村亀行から被告主張の地域より“家附要水”取水のため水利権を買受け取得し、図示大岩の下に堰を設け樋を通して自宅に引水していたこと、國吾は昭和七年三月二九日死亡し被告が家督相続により右國吾の地位を承継したこと、被告は國吾歿後その年来取水の跡を承けて善意・無過失に係争地の谷川より取水を継続したものであること、以上の事実が本件証拠によつて認められるから、松村亀行らの権限の有無を問うまでもなく、被告は、その引水開始のときから一〇年を経過した昭和一七年三月二九日をもつて時効が完成し、本件係争地域より取水する水利権を取得したものというべきである。而して、右水利権は取水施設によつて公示され、物権的権利として土地所有者その他の第三者に対抗し得るものと解せられるから、被告の係争地占有並びに取水施設の設置は正当権原に基づくものというべく、原告の請求は理由がない。

(予備的請求)

乙第三号証によると、被告先代西村國吾と松村亀行との間の水利権売買契約について、土地に損害を与えないことの約定がなされていることが認められるところ、被告の取水施設ないし引水が原因して原告主張のような被害を生じたとの事実を認めるに足る証拠がないから、仮に、前記約旨の負担が被告の水利権に及ぶとしても、これに基づく収去請求は肯認し難い。

また、「権利濫用の法理に基づく」収去請求の趣旨は、本件の場合、被告の水利権の行使は権利濫用であり、これによつて違法に原告に損害を及ぼす不法行為であつて、しかも被告の取水施設が存置される限り右被害が継続発生するとし、この継続的不法行為の効果として、被害発生原因である施設の撤去を求める、というにあるものと解せられるところ、被告の取水に不法の意図を窺わせるものはないのみならず、そもそも前記のとおり被告の取水施設に起因する損害発生の事実そのものが認められないのであるから、この請求も前提を欠き理由がない。

(裁判官 山中勇)

(別紙)図面<省略>

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